2015年8月10日月曜日

「所得倍増計画」の発表

このような急速な経済成長の下では、企業の生産性も年々高まり、収益も増えた。それは当然労働者の賃金にも反映する。労働者はそうした状況の中で、賃金が年々増加するのは当たり前と考えるようになった。勤続年数とともに賃金が上昇する年功賃金はこうして日本の産業界全体にひろまり、定着するようになった。また、年々賃金のベースを上げるいわゆるベースーアップもこの時期に産業界全体に普及したのである。

このように、終身雇用や年功賃金と呼ばれるような日本的な雇用慣行は高度成長時代の急速な経済成長が背景となりまたテコとなって、大企業だけでなく中堅企業や一部の中小企業にまでひろがり、日本の社会にひとつの通念として定着したのである。

高度成長が日本の雇用慣行や賃金慣行にとっていかに重要であり、いかに深く結びついていたかについては、これからくわしく説明するが、その前に、この時代の高度経済成長が、産業、企業、人々の生活そして日本の社会全体にとっていかに大きな意味をもっていたかをふりかえっておくことにしよう。まず、高度成長とはどのような経済成長であったのかをグラフでたしかめておこう。図をみていただきたい。これは日本経済の年々の実質成長率を示したものである。

経済成長率は年々かなり変動するが、それでも、その趨勢は長期的に見ると大きくかわってきている。最近では、経済成長率はかなり低下しているが、一九七〇年代後半から一九九〇年代はじめ頃までは年率四~五%の成長率があった。これにくらべて、一九六〇年代から一九七〇年代初頭までは変動はあるとはいえ、年率で一〇%前後という非常に高い成長がつづいていた。これがよく言われる高度経済成長時代である。一九六〇年に時の池田首相は「今後一〇年間に日本の所得を倍増する」として「所得倍増計画」を発表した。この時、多くの人々はそんな事ができるかと驚いたものだったが、現実には一〇年もかからず七年間でその目標は達成されてしまった。それほど急速な「成長の時代」だった。

一九九二年、長い間現役を離れていた長嶋茂雄氏が巨人軍の監督に返り咲いた。かつてのミスタージャイアンツの現役復帰は大いに話題になったが、とりわけ中年ファンの多くは独特の感慨を抱いたに違いない。それは氏が野球界の傑出したスターであったからだけではなく、長嶋氏が名三塁手として、また四番打者として活躍したあの時代の熱い想いが、多くの中年の人々の若い時代の経験と二重映しになって思い出されるからである。